新卒フリーランスライターの成長過程を記すブログ 田中將介(^^)

新卒フリーランスライターの成長過程

おもしろいことは言えません。 しかし、誰かがおもしろいことを言ったことに対しては、ものすごい勢いで笑います。本当はフリーライターじゃなくてフリージャーナリストって言いたい。そんな人間です。

優先順位がつけられない

優先順位がつけられないでいる。

 

時は一刻一刻と過ぎていくのに、何をすればいいのかわからなくなって、いろんなことを後回しにしている。最悪だ。

 

1つのことに、本気で集中して取り組めることの強さを知ったはずなのに。

 

片手間ではないけれど、やることに集中することは、より良い作品をつくれ最低条件だ。

 

予定をいれるのをできるだけなくそう。

 

それとマルチタスクに慣れよう。

 

でもやっぱり一番大切なのは、ひまであるということだ。

1つのことに夢中になるということだ。

 

早くしないと・・・早く。

本当に僕はチャレンジするのだろうか。

こわい、やっぱりこわいけど、やっぱりやるしかないか。

 

 

 

レターポットが毎日新聞社説に

https://mainichi.jp/articles/20180117/ddm/003/070/134000c

 

コーヒーを飲んだ後、懐に余裕のある人はレジで自らの代金を払い、さらにもう1杯分のお金を支払う。先払いされたコーヒーは、後になって店を訪れるであろう、お金に困っている誰かに無料で振る舞われる。

 「恩送りのカフェ」と呼ばれるこの習慣は、第二次大戦中のイタリア・ナポリで生まれたと言われる。小さな善意の連鎖によって人々の分断や孤立を防ぎ、地域社会の連帯を取り戻す活動だった。

 この発想にならい制作されたとみられる映画が2001年公開の「ペイ・フォワード」だ。世界を変えたいと願う少年が主人公だった。

 そして今、お笑い芸人で絵本作家でもある西野亮広(にしのあきひろ)さん(37)が、恩送りを実践しようとしている。

 晴れ着業者の閉店で被害にあい、落胆する新成人のやり直し成人式を来月4日に横浜市で開く。貸衣装と着付け、髪のセット、記念撮影は無料で、船を借り切ったパーティーも主催する。費用はすべて西野さんもちだ。

 彼のインターネット上での発言にはうなった。

 「大人になる日に大人が裏切ってしまったことを、同じ大人として、とても申し訳なく、恥ずかしく思っています。本当にごめんなさい」

 「大人が面白くない未来は面白くないので、今回失った信用はキチンと取り戻したいと思います」

 ニュースに腹を立てた大人の一人だが、これほどの思いには至らなかった。

 西野さんは実業家の顔も持ち、ネット上で手紙をやりとりする「レターポット」を昨年末に始めた。その利益を費用にあてるという。

 この新ビジネスのテーマが実は恩送りなのだ。

 1文字5円を払って「レター」を買い、誰かに感謝や応援の気持ちを送る。相手に手紙が届き、字数分の「レター」もたまる。その人はお礼の返事は送らず、もらった「レター」を使って別の誰かにまた手紙を届ける。

 こうしたやりとりがつながり、どんどん広がっていくのが狙いだ。「レター」には、ビットコインなどの仮想通貨のような換金機能はない。

 事業の認知にもなるので、西野さんは「僕にもメリットがある。お礼も返事もいらない」と言っている。

 あくどい事件が生んだ小さな救いである。被害にあい、手をさしのべられた人がどこかの誰かに何かを送れば、もっと大きな救いに育つだろう。

 そんな恩送りが連鎖する時、新たな何かが生み出されるに違いない。(論説委員)

米軍(アメリカ)が最も恐れた男 その名は、カメジロー は沖縄問題関係なくおすすめ映画

 
 
 
『米軍(アメリカ)が最も恐れた男 その名は、カメジロー』を見てきました。(12月に)
ここ最近見た中でNo1で心に響き、学びになる映画でした。
 
沖縄を舞台に、本土、アメリカと戦ってきた1人の人間の物語です。
 
最近は、沖縄がニュースのテーマとなることも少なくなってきました。ブームと捉えがちなのかもしれません。
多くの賛否や議論を呼んできましたよね、工作員がいる、とか、抗議しているほとんどのひとは外部の人だとか。
もう、そんなこと言っている人は恥ずかしくてたまらなくなるかと思います。
もちろん、外部の人だって多くいます。噂されていることだって、一部は事実の場合だってあるかと思います。
けれど、そういった小さな議論にとどまっていることこそ、あまりに愚かなのだと。気付かされます。
 
TBSの方たちが総力をあげて作ったドキュメンタリーです。
そして、監督は佐古忠彦さん。国学院久我山高校の大先輩です。2014年、沖縄県知事選挙の翁長陣営で、偶然お見かけして僕から声をかけて、その後もやりとりさせていただきました。
彼は、ずっと沖縄を追いかけ、相当時間をかけて、取材をされ、発表された映画です。
ネット上だけで作られた、印象論だけで作られた記事が多いからこそ、こういった力のこもった作品が、よりずしんと響きます。
 
渋谷のユーロスペースという映画館の上映で、決して大人数が入る場所ではありませんが、
作品にこだわりをもって上映されています。
まもなく上映が終わってしまうかと思いますので、ぜひ急いで見に行ってみてください。
 
基地の話が現代の話で昔の話ではない。そして沖縄だけではない。
 
 
自分の仕事で精一杯で刺激がない。
と思っています。
少なからず、僕も皆さんに仕事を助けていただきたいし、皆さんにも、自分のやっていることやつながりが、
刺激になるかわかりませんが、全く違う分野で、少しは新しい世界を見せれるのではないかと思います。

「身体がいくつあっても足りない」は、ださい

身体がいくつあっても足りない。

 

この発言は、そう簡単に言ってはならないと思いぐっとこらえている。

 

余裕がない人というのは、ださい。

アイディアも湧いてこない、ださい。

 

経営者で忙しい人は終わっている。という意見もある。

 

余裕があるからこそ、新しいチャレンジができるのだ。

 

身体がいくつあっても足りないというのは、創業期やスタートアップの一番苦しい時期に味わう人が多いかもしれない。とてもかっこいい。

 

また、社長として、サービスをのばしていくにあたって、死ぬほど忙しい時期もあるだろう。忙しい人は終わっているとは言うけれど、かっこいい。

自分の信念を貫き、夢中になっているから。

 

その一方で、アルバイトを何個もかけもちしている学生が、

身体がいくつあっても足りないというのはどうだろう。

 

けっこう、なしだ。

 

それは、身体的な労働をしているに過ぎない。

いや、ひとえには言えないが、例えば、ひたすらレジをうつ仕事をかけもちしている人だって、体がいくつあっても足りないわけだ。

 

誰が言うかによって全く性質は異なる。

 

どうしてそう思うのか。

僕は個人事業主として、スタートアップではあるものの、

自分の身体を使わないといけない生活になってしまっている。

もうあとには戻れないが、これはよくない。

忙しさにかまけ、全てを後回しにし、自分の実現したい意志を見失いがちになる。

 

正直、身体の数と、1週間の日にちが足りない。

将来、もっとかっこよく、言いたい。

「身体がいくつあっても足りない」って。

 

忙しい自分がださい。ださい。ださい。

 

 

自分の時間 (単行本)

自分の時間 (単行本)

 
自分の時間を取り戻そう―――ゆとりも成功も手に入れられるたった1つの考え方

自分の時間を取り戻そう―――ゆとりも成功も手に入れられるたった1つの考え方

 
成功者の自分の時間研究

成功者の自分の時間研究

 

 

一旦逃げる

なんだかこわくてこわくてどうしようもなくて逃げ出すしかなくて。

本当は早く返ってきてほしいのに、いざ返ってくると、どんな形になっているんだろう、とか、自分の無知をさらけだしちゃったかな、とか、こいつ馬鹿だなとか思われてないかなとか、勝手にどんどんいろんな妄想が広がって、開けない。

それが取材先から返ってくる原稿。(笑)

 

だから、逃げた。このブログに。