どこまでもまっすぐに 田中將介(^^)

ethical journalism magazine 

おもしろいことは言えません。 しかし、誰かがおもしろいことを言ったことに対しては、ものすごい勢いで笑います。そんな人間です。Twitter:@ethicalmasa

カンボジアで働く上での苦悩

カンボジアで働く、海外で働くことの難しさ

ご存じの方もご存知でない方もいるかと思いますが、

私は、東南アジアにあるカンボジアという国で、現地駐在インターンとして、

およそ8ヶ月間、長期滞在をしておりました。

私がカンボジアで働く決め手となったのは、

国際NGOで、社会問題を扱い、長期間で働けるということでした。

 

「海外で働く」といっても選択肢がくさるほどあるわけです。

カンボジア滞在中も、多くの日本人在住者がいましたが、

仕事内容も多種多様で、仕事上で、交わることもあまりありません。

 

例えば、旅行会社で働く人、インターンする人。

日本からの観光客をアテンドしたり、予定を組み立てる役割をしています。

 

そういった職種は僕の役割ではないということで選択肢には入りませんでした。

 

じゃあ、国際NGO、NPOで社会問題解決に取り組んだ仕事はどうだったのか。

ということを、当時のブログを基に振り返ってみたいと思います。 

 

自分にとっての当たり前は他の人にとっての当たり前ではない

  

カンボジアに来る前に皆が口を揃えて言っていたこと、それは
「当たり前のことを当たり前に思ってはいけない」。

カンボジア人と仕事をしていく上で、
日本とカンボジアの文化の違いからくる生活や考え方の違いは必ずある。ましてや、人は全員違うのだから、日本人同士ですら、考え方の衝突は生じますよね。


カンボジア人なら、より頻繁にそういったことが起きるんだろうなという心持ちで、カンボジアに向かったのを覚えています。

ところがどっこいだったんです。

 

例えば、私の職場は、朝7時半始業だったんですね。

 

で、カンボジア人って怠惰な、というか、時間を守らないイメージがありませんか?

私は少なからず、あったんだと思います。

 

だからこそびっくりしました。
皆7時半に絶対来る。

そして終業の5時に帰るという、きちんとワーキングアワーを守るわけです。

責任感がないなんて、全くのウソ。

もちろん、え?なんでそんな考え方するの?と思うことはあったが、
日本で働くのとなんら変わりなかった。

 

え?と思う心に残った出来事もあったので紹介したい。



約束の時間にこないというようなことではない。

 

イベントをやるときに、日本人は、もちろん、コンセプトを決めて、誰に声をかけて、誰を集めて、のように段取りを組むだろう。

むしろ段取りを組まないと何も進まないのだが、

当時共に働いていたカンボジア人は、「イベントは段取りを組んでやるものではない」

 

というスタンスだったのだ。

こういった大前提の部分をきちんと共有すること、理解しようとすること、

それをしないと、怒りによって脳の血管がきれてなくなること間違いなしだ。

 

 

死ぬかと思った

 

カンボジアでは、よくヒッチハイクをしていました。

仕事中でも(笑)

そんなときに、ある一台の車が泊まり、私は乗り込みました。その車、迷彩柄、ミリタリー柄のイスのカバー、その車のドライバーは、顔を見て、にやっとしてくる。

おっと、これは、まずいんじゃないか。

と降りる余裕もなく、市内へ向かって走り出しました。

恐怖で言葉が出ない私・・・。

道中、細い裏道に車は入っていきました。これはまずいぞ・・・。

さらに泊まった場所の横には、銃のマーク、そしてバッテンマークがでかでかと書かれたロゴが入っていて、

これは死んだかもしれない。と思いました。

 

ところが、何事もなく、「see you 」「thank you」とお別れをして、無事、自宅にたどり着きました。

 

良かった、生きてる、自分。

 

日本人だからといってうぬぼれるな

皆さん、人生今まで生きてきて、「あー、やってしまった〜。本当にごめんなさい」

と思う瞬間ってなかったですか?

 

まさに、今私が、あちゃーと思った出来事がありました。

人として、とても大切なことだと思ったので、残します。

カンボジアの現地スタッフの中に、

日本語が話せるカンボジア人がいます。

彼女は唯一無二で、日本人として彼女はどんな仕事をする上でも頼れる存在でした。

とにかく毎日彼女と力を合わせて働いていました。

 そのせいか、彼女が居ることが当たり前になっていました。

とりあえず言語に困ったらこの子に頼ればいいや。と。

そんなある日、他のカンボジア人と話して気になったことを全部彼女を通して聞いていました。

すると、彼女が、無意識の抵抗のような、明らかに嫌そうな態度を出しました。

その瞬間に私は気が付きました。

人を当たり前のように、まるで機械のように使いすぎて、

人を傷つけてしまったと。

簡単に思い浮かんだら仕事をふっていました。

 

最初のトピックに戻りますが、

隣にいてくれる存在は、当たり前ではない。

そう気づかせてくれた出来事でした。感謝。

 

従業員満足度の定義

 

いろんなカンボジア人と働く上で、私も含め「従業員満足度」をあげるということは大切です。

そして、それをはかることも組織にとっては大事です。

では、従業員満足度はどのようにして決まるのか、

気になったので調べてみました。

 

特に満足度が高い上位5項目 

1位 「人的資源」“魅力的な人材”

2位 「動機形成」“優れた意見を取り入れる姿勢”

3位 「目標達成」“個人目標の数字化・具体化”

4位 「事業内容」“社会的な影響力”

5位 「理念戦略」“戦略目標の発信と伝達”

 

カンボジアで働くということは、日本人が、「君たちのために雇用を生んでいるんだよ」という上から目線の支援をしているわけではありません。

現地の人たちが、作り上げていく、いわゆる「ローカライズ」が大切なわけです。

どちらかといえば、日本人は、お邪魔している側なのです。

 

わたしたち日本人が好き勝手にやっていいわけがないのです。

なにが言いたいかというと、カンボジア人のスタッフを使いまわしてはいけない、彼らが働きやすい環境づくりに力をいれないといけないわけです。

 

そこで、従業員満足度が大事になってきます。


私が働いていたNGOは、農村部で雇用を生み、商品を作っています。

その商品を本部のスタッフたちが販売し、利益を生みながら、

農村部の女性たちにも収入が入るような仕組みになっています。

詳しくはこちらを御覧ください。

記事はここ

で、農村の貧困層で、ファクトリーで働いていて、
なんと昇進して、ショップスタッフになった子がいるのだけれども、

もしスタッフの仕事が嫌で、やっぱりファクトリーの方が楽しい。
なんて思ってたらなんてかわいそうなんだろうと思う。


きっと自分だったらって考えると、
ショップに立ち続けることは、容易ではないと思うし。暑いし。

だから、本当に彼女たちが、楽しい!この仕事やってよかった!
って思える場所をつくりたい。

そんなこと言ってるけど、果たして自分はその子たちに関して、
何ができるんだろうって、無力だなあなんて思う。

言語も部門も違う中、関わりようによっては何かできるんだろうけど、
中途半端じゃ意味ないという葛藤もあるのだ。

 

 

想いをカタチにする力 



どうしたらいいかわからない。

完全に立ち止まっている。


どうしても自分が、これをやりたい!こういうふうにしたい!
ということがなかなか形にならない。


毎日逐一スタッフ同士で確認しているにも関わらず、
現在の状況がどうなっているのか見失ってしまう。


勝手にプロジェクトが進んでしまうのは仕方がないことでもある。

全てを共有することは難しいから。

 

少しその例を紹介したい。

ミーティングが設けられ、参加者は、カンボジア人8人、そして私。

 

ここで、言語が現地の言葉、クメール語になることが頻繁になる。

英語が基本だが、クメール語も基本というくらいの割合で、

なんとなく英語でわかっていたつもりでも、クメール語になると一切わからなくなり、英語のところの拾いながらつなぎ合わせる。というようなカタチになる。
先日は5時間ほどのミーティングだった。

結局何が決まったのかは当然わからないので、英語が得意なパートナーに

「今日の内容を文書でシェアしてね」「わかった」

という会話をするのだが、結局送られず、催促すると、

詳しい内容は一切書いていない。

 

正直言って、この一連の流れは、私に責任があると、おおいに反省した。

分かるまで何度も確認するとか、その場で説明させるとか、
工夫の余地があるのに、それを怠った自分に喝だ。


周りが全員カンボジア人で、英語が話せないカンボジア人もいるから、

ディスカッションを英語にしろというのは明らかに違う雰囲気だった。

それならば、私は出席する必要などなかった。と、今ならそう思う。

 

お互い、英語がネイティブではない中で、どのようにコミュニケーションをとって乗り越えていくか。お互い考え続けなければいけないと思う。




カンボジアにきて二ヶ月が経ちました

 


自分はどう生きていきたいのか。

この究極の問いにここカンボジアでは常に問われる環境にあります。


カンボジアに来て二ヶ月。

想像していたより、カンボジア人はしっかりしている。仕事もきっちりできる。

自分が、お荷物みたいだと正直思ったりする。

カンボジア人だって、自分たちの母国語で話したほうが意思疎通も楽に決まっている。

なら自分って必要ないんじゃないかって。

どうして自分はここにいるんだろうって。


現地での自分がいかに弱いかを知る。どれだけ海外で働くということが、難しいかを知る。ましてや、海外の社会問題を日本人が解決するなんて、よけい厳しい。

でも一つはっきりとわかったことがある。


それは「英語(言語)はコミュニケーションのツール」である。

なに当たり前の事を言ってんだって?

当たり前のことが体験として知ることで、より腹にストンと落ちてきた感覚なのだ。

 


皆知ってること、それを私は今まで口だけで言っていた。

まだまだもがける。英語を使って仕事をする先に見たい世界がある。

ただの思い出として、「楽しかった」で終わらせたくない。
誰かの役に少しでも立っていたい。


自分がここに来た意味はなんだろう。

なんのためにここにいるのだろうか。


自分がいた証を誰かの心に強く残して帰りたい。


不器用なりにやれること、なんだろう。

常に自分に問いを投げかける。

 

 

 

 

あああカンボジアの子どもたち、かわいい!とか言っている場合ではない 

 

 

カンボジアに来たら正直心の底から衝撃を受けるとおもう。 完全に価値観が変わると思う。ましてや海外経験がなければないほど。 それは、カンボジアの子どもがかわいい! とかそんなことじゃない。どういう人がどういう思いでどうやって働いているか。そして肌で感じるたくさんのもの。

 

それはカンボジアに限らずだろうけど。それは僕がカンボジアしか知らないからだけど。だけど、きっと来たら後悔しない。楽しかったじゃおわらない。そんなひとたちの手助けというか、招待をしたい。

 

覚悟を持って決断した人はやっぱり強い。その決断のレベルは人それぞれだけど、その定義が高いほど輝く。人生をかけるほど。 自分がいかに中途半端かわかる。これは忘れない。将来のためにも。

 


初めての仕事の取り組み方


僕はそもそもかものはしに来て、ほとんど初めてのことばかりで、日本にいるときから、
へえーなにそれーの連続だった。
生まれてから?大学2年生まで野球しかしてこなかった。

途中大学受験を挟んだけど、勉強以外のスキルなんて気にした事もなかった。
本も読んだ記憶はほとんどない。
要は何も知らないで長期インターンに飛び込んだものだ。
他のインターンもしたことがなければ、社会の何かを経験したわけではない。
学生団体を運営したこともなければ、社会貢献のサークルに入っていたわけではない。
何度もいうが、大学も部活に捧げていたのだ。

何をいいたいかと言えば、仕事を進めていく上で、とても大事な「やり方がわかるか」
という壁にしょっちゅうぶつかる。
そもそも仕事のやり方がわからなければ、何をどう進めていってどういうタスクがあってということが分からないことになる。
そりゃ円滑に進まないで頭を悩ますよね。
それで、少しくらいならいいけどあれもこれも聞くのはちょっと気が引けて、しばらく自分で考えて考えて答えが出ないで、結局聞くみたいなことになってしまう。

だから今では当たり前であることも昔は全く知らないことばかりなんだなと思うと、
少しは自分の中で知識が増えてるのかなと思うと同時に
知識の浅さを強く感じる。

でも1度経験したこと(今回であればイベントの段取りの取り方、意思決定の仕方など)
は絶対次にやるときに生かせるし、かものはしでやったこの段取り等の考え方は圧倒的な出来だと思うから、人が想像している以上のものを作れるようになっていたい。

こうやってタスクをこなしているときでわからないときに、それに関連した本も読むようになった。
こうやって知識を増やしていけばいいのかと納得した。
改めてまず行動なんだなと思う。
そこでわからないから、勉強して、知識を増やす。そうやって一つ一つ得ていけばいいんじゃないかななんて思う。

僕みたいな凡人は、そもそも何の本を読んでいいかわからないんだよね。
だけど、これこれをやっているから、同じ部類これこれの本を読む。

だから、何でもまずやってみたらいいんだよね。これは学生に当てはまると思う。

カンボジアに来て、前よりかは本を読むようになった。
このブクログも作った。
上司や、知り合いのブクログとかを見て、同じ本も読んでみたり。
http://booklog.jp/users/masayuki1001?page=1

カンボジアにきてだいたいこれくらいの本を読んだ。
読みたい本もいっぱいある。

まだまだ少ないから、カンボジアにいる間に少し本の時間を増やそうと思った最近でした。 

 

 

生まれてきた境遇の違いによるもの

 

 

最近は
どうしてこの人はこういう風に考えるんだろう。
どうしてこの子はこんな発言、態度をするのだろう。

と考える事がよくあります。
なかなか難しい人間。

ここでなんかふと思ったのです。

いかに教育が大事か。
いかに組織に属する事が大切か。

直接的に因果関係があるかは専門家じゃないのでわかりません。

だけど、周りのことを考えるとか、相手の気持ちを考えるとか
集団行動とか、
そういうのって小さい頃から自然と当たり前のように教育を受けて
当たり前のようにクラブに所属して、いろんな友達いろんな仲間にもまれながら
生きてきた僕だからそれが普通なんではないかと思ってしまう。

どうして?って思うこともいっぱいある。納得いかないこともある。

だけどよくよく後になって考えてみると
そういう教育の機会を与えられてないと
そうなってしまうのかな?
とも思う。

それともこの人だからかな?
ということも思う。

だけど、やっぱり、そういう機会って大事。
勉強できるできないじゃない。
そういう行事とかを通じて、成長していくんだななんて思う。
いかに学校で教育を受ける事が大事か考えました。
見えない部分ではあるけども。
僕好きだよねこの見えないとこ笑


だから、受験勉強ってなに?なんのために勉強するの?って僕も疑問に思っていました。
だけどそういう機会に、「自分で考える力」とか「自分で段取りを組んでやっていく力」とかいった
「生きる力」をつけていくんだと思う。

必ず数学でも歴史でもどこかでつながるんだよ。
無駄なことなんて一つもない。
って伝えたい。

最後に。
経験したことを還元しないものほど罪深い者はない。

その使命はある、よね。

 

 

カンボジアでの勤務を終えてわかった3つのこと

 

自分の嫌なところ、いいところ、ゆずれないところいっぱい見えた。
人のいいところも見えた、嫌なところも見えた。
それ以外にも知らないことばかりだなと感じることしかなかった。
ここは本当に通過点であり、日本に帰ってからどう過ごすかが重要、ある意味2014年が勝負の境目かなと自分なりに自負している。
この一年を経て、もっともっとインプットしたいなと強く感じている。
どちらかといえばインプットメインだとおもう。まあ自分の性格上、アウトプットからの得るインプットになっていくとは思う。

と思いつくことばかりただ綴っているし、これからもそんな感じになると思うけれど、
この先どこかでこのばらばらなものが一つになる瞬間ができるようになれば本望かな。

取り急ぎ。という感じなので、日本に帰ってから(また先延ばし)
どういう抱負でどういうふうに生きていくか、そして考えていることをつなげていく作業をしたいなと思う。

ただ、一番強く感じたことだけを言っておくと、

カンボジアでインターン、したからって何にも偉くないしすごくない。
普通のこと。コモディティなの。何の強みもないの。似たような商品で、目立つ部分なんて一つもない。
ただそれだけ。世の中にはもっとすごいひといっぱいいる。上には上がいる。そんなひとたちに敵うはずはないと思う一方、どうしたら敵うことができるのかという視点が大切だなと思った。
自分の進みたいベクトルに対して。
技術者になりたいわけではない。なのに、国レベルでオファーをもらっている同じ学生の研究者だっていっぱいいる。でもそのひとたちより自分が社会、世界に対して貢献できる可能性はいくらだってあるのだと思う。

去年はカンボジアに行くことが決まり、行くまでは何もしていない人間だった。だからカンボジア、すごいねといわれても、恥ずかしいことばかりであった。行って帰ってきて、胸はって還元しようと思っていた。
でも上述の通り、行って帰ってきたところで次のステップがみえた。胸はれることなんて一つもない。
これだから面白い。終わりなんてない、人間の成長に。
成長したと思わないけど、階段を上がっていくような感じ。新たな視野が見えていくような感じ。
それがとっても面白い。そこを絶対に諦めないこと、やめないことは人生の命題のような気がする。

と長くなってしまったけど、二週目あたりについに、未知の世界、南米の方に旅立ちます。
まさに日本の裏側。安全に気をつけること、肝に銘じます。


誰も不快にならないように、みんなが楽しく快く。
そのために冷静に全体を見通す、周りを見る。でも志高く、心熱く。
そんな人間を少し目指したいなあと思いました。

長くなりましたが、これからもよろしくお願いします。
たくさんの人に感謝を込めて。もっともっとたくさんの人を大切にします。

2013.12.31

 

 

人生なにが起こるかわからない。人生は変化するからこそおもしろい。変化することを受け入れよう

 

@コミュニティファクトリー前の小屋

 

ふと考えてみるとカンボジアとであってから一年。ここで働いてみたい!

この直感を実現し、当たり前のようにファクトリーに通い、
当たり前のように生活している。

ここはカンボジア。日本ではない。

異国の地で苦労しながらも奮闘している!!

なんてみんなが思っているほどのものじゃないと思う。

なぜなら、こんなに住みやすい場所だから(暑いのは除き)
そして誰でもできるから。

 

たしかに楽だ。あれしなきゃこれしなきゃこれ気にしなきゃとかないから。

 

ここにwifiが通っているのも不思議で仕方ない。

こんなところで水牛を横目に文字を綴っているのも不思議だ。

 

終わりが見えてきたからに違いない。

 

当たり前に通っていたこのファクトリーもすぐに懐かしい場所に変わってしまうのであろう。

そんなことを考えるとさみしくなる。

 

スーパー未熟な僕を育ててくれた場所。受け入れてくれた場所。

みんなが僕を愛してくれている。ぼくもみんなのことを愛している。

だけど、この子たちの人生はどうなるかわからない、もちろんぼくも。

 

一年前の自分と、普通に生活している今の自分。

なにがちがうのだろう、

一年前何を感じたんだろう。オールドマーケットも不思議だった。



東京で生まれ東京で育つ。

少し地方出身に羨ましさも感じた。ないものねだり。

田舎が落ち着くなあ。

よく聞くけど、そこで育ってないからなんとなく好きだけど

やっぱり東京が一番落ち着く。

 

海外なんて言葉も知らなかった、少しの想像もできなかった高校時代。

まさかこんな自分になると思ってないよね。

この、まさか・・・。

の連続で生きていきたい。

波瀾万丈の方がおもしろいでしょ!


と、ただ思いついたことだけを書き連ね、振り返ってみるのでした。